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2006年09月18日
田辺の弁慶軍団・名古屋に出陣!

東海地区の県人会が一堂に会して
土地の名産品や郷土芸能などを披露する
「第6回ふるさと全国県人会まつり」が
9日と10日に名古屋市栄の久屋大通公園「もちのき広場」で開催され、
東海和歌山県人会のステージで
田辺市の紀州弁慶伝説保存会の一行が
演劇「熊野水軍出陣小絵巻」を披露しました。
(記・写 18代目武蔵坊弁慶)
これは、東海地区の県人会組織「全国県人会東海地区連絡協議会」と
読売新聞社などが2001年(平成13年)から毎年開催している
地域の大物産博覧会&郷土芸能大会で、
名古屋の一角が突然「なつかしのふるさと」に変貌します。

6回目のことしは全国39の道と県の県人会が参加。
テレビ塔のお膝元では所狭しと露店が並び、
沖縄ならば「オリオンビール」愛媛ならば「宇和島のじゃこ天」
山口は「ふく(ふぐ)の唐揚げ」茨城は「高萩市・五浦(いづら)ハムの串焼き」、
我らが和歌山県は「本場南高梅の梅干し」と「那智勝浦・中村養蜂場産の新鮮ハチミツ」などなど…
本来地元でしか味わえないような名産品が即売されたほか、
大地下街・セントラルパーク入り口の特設ステージでは、
高知の「よさこい踊り」や青森の「ねぶた」などの郷土芸能、
はたまた、会場内に目をやれば、
「泣ぐごぁいねぇが〜!?」と秋田のなまはげがウロチョロ…
まさに地方色オンリーの大博覧会となるのです。
前置きが長くなりましたので、ここらで本題に。
今回連絡協議会の代表幹事となった
東海和歌山県人会(山口春三会長)は、
今までとは異なる趣向のステージを、という意向で、
紀南の熊野地方を全面的に押し出した企画、
すなわち水森かおりさんの「熊野古道」と田辺の武蔵坊弁慶の伝説をPRする
30分のステージイベントを行う事になりました。


東海和歌山県人会のステージは初日(9日)の夕方4時から。
まずは、水森かおりさんのご当地ソング「熊野古道」キャンペーン。
「熊野古道歌姫」による熱唱でご機嫌を伺います。

続いて、ホラ貝の雄叫びに乗って
我ら田辺が弁慶軍団による「熊野水軍出陣小絵巻」開演。
長刀を持った18代目弁慶による出世の舞。

「親方殿、もはや平家一門の武運もこれまで!」
「父上どの、弁慶一生の願い、義経殿の源氏方に味方して下され!!」
義経の命を受け、平家方の熊野水軍を壇ノ浦の戦いで源氏方に寝返らせようと
父親で水軍の統率者・熊野別当湛増(たんぞう)の本拠・田辺に戻ってきた弁慶。

「新熊野(いまくまの)権現田辺は、平家より寵愛(ちょうあい)されたる所、源氏に加勢などできぬわ!」
湛増(たんぞう)は内心迷いつつも息子・弁慶や家臣たちの申し出を受け入れません。

「鶏合せの神事を行って占ってみてはいかがか?」という家臣の申し出を受け、
赤と白の鶏を戦わせて、源平どちらにつくか占ったところ
白の鶏がすべて勝ち、「源氏につけ」という結果が出ました。
そこで、湛増は熊野水軍を源氏方に加勢する事を決断し、
牟婁の津(現在の扇ヶ浜付近)から壇ノ浦に向け、
弁慶とともに出陣したのです…

にわか雨の降り出したステージ。
悪天候にもかかわらず、客席の約150人の皆さんは暖かい拍手を贈って下さいました。
ステージ無事終了後、保存会全員で勝ちどき!

その夜、会場にほど近い地下街の料理店で打上げ。
乾杯の音頭をとる、東海和歌山県人会の山口春三会長(新宮市熊野川町出身)。




集まった県人会の皆さんは殆ど新宮・東牟婁のご出身。
中には田辺市(旧大塔村)や紀美野町(旧美里町)ご出身の方も。
和歌山の話になると、みな一様に懐かしそうな笑顔で想い出を語って下さいます。




ふるさと紀州を離れ30〜50年という人生の大先輩も、
つい最近高校を卒業し、名古屋で頑張る若い世代も、
「ふるさと和歌山を盛り上げよう!」との思いひとつで一致団結。
「和歌山県人会最強の集団」と評される理由がわかったような気がします。





そして、今回の県人会まつりの大事なサポート役となった
和歌山県名古屋観光センターの西本さんや
田辺市熊野ツーリズムビューローの浦野さんらのご尽力にも
頭が下がる思いです。




ふるさとは遠きにありて思うもの…
しかし、お互い一歩踏み出して歩み寄れば
一瞬にして距離を超え、出逢ったその場所が新たなふるさとになり得る。
そんなふるさと和歌山の架け橋でありたい、と改めて感じた名古屋参戦でした。
投稿者 nanki : 2006年09月18日 23:14